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認識相違による差別

ある事象に対して、同様の問題を抱えていながらも、認識相違により差別が発生する事がよくありますね。

同じ悪い内容についてでも、何故か赦されてしまう事がある。そんなことが往々にしてあります。

いや、それはいいんだ

でもね

ひとつ認めたら他も認めなきゃいけないんだよ

真逆な例だけど、殺人はダメだけど万引きは良い、なんてことにはならないでしょ?

勿論、同じ殺人でも動機によっては同情できるかもしれない。でも罪はなくならないし、それは本人が一番理解してるんじゃないかな


一番問題と思うのはさ

一般的にダメだと言われてるものに対し、なぜか認められる場合がある。それだけに留まらず世間に大々的に公表しちゃってたりして、なぜかそれが良い風に見られてたりする……

んじゃ他も認めろよって話

何が問題かって、こういうときの判断基準が「個人的な好み」になってしまってること
致命的な問題です

個人の好みの判断が通るなら警察も法律もいらなくなるんだよ
言ってしまえばさ、私あいつ嫌いだから殺しますってことじゃん。しかもそれが通るってことは、殺しても罪に一切問われないってことじゃん
例が大袈裟って? さっき殺人も万引きも犯罪って言ったよね? 度合いの差はあるけどそれは犯罪の根本的な否定にはならないからね


個人の勝手な判断が物事の根本的な所に作用しちゃだめだよね。それをしたいなら、差別しない覚悟ときちんとした認識が必要だよね

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